消える老後の蓄え
2024.04.13
国土交通省によると法律にもとづく建て替え実績は23年時点で累計114件にとどまる。平均すれば毎年5件ほどしか活用されていない。背景には所有者にのしかかる重い費用負担がある。建て替え時に階数や戸数を増やせば、デベロッパーに売却して建設費の原資に充てることができる。だが高さ制限などが妨げとなっている。工事に回せる余剰分が少ないと所有者の支払いが増える。国交省の調べでは、建て替えにかかる1人あたりの平均負担額は1996年までは344万円だった。資材高などによって2017~2021年にはおよそ1941万円と5倍超に膨らんだ。金融庁が2019年に示した老後の生活に2000万円が必要だとする試算は、十分な貯蓄を持たない人たちに衝撃を与えた。マンション住民にとっては老後の蓄えをしていても、建て替え費用がかさめば一気に資金が枯渇してしまう。
資材高などを受け、建物の大規模修繕に必要な積立金の額も上昇している。2018年度のマンション総合調査によると、現在の積立額が計画に比べて不足しているマンションが3割を超えていた。マンションには子育て世代から高齢者まで幅広い世帯が住む。建て替えや改修計画を巡る合意形成は容易ではない。将来を見据えて資産価値を高めようと建て替えに前向きな若い世代と、貯金を老後の生活費に回したい高齢者層では住まいへの要求は異なる。
古いマンションほど区分所有者の高齢化が進む。国交省によると、築10年未満の住戸のうち世帯主が70歳以上の割合は8%だった一方、築40年以上では48%に跳ね上がった。建て替え期を迎える建物は急増するが、住宅政策が時代の変化に追いついていないとの見方もある。たとえば、面積要件だ。国の制度は建て替え後に1戸あたり原則50平方メートル以上を確保するよう定める。マンション購入世帯の平均入居者数である4人を前提にする。築40年以上のマンションのうち面積要件を満たさない住戸は全体の2割程度を占める。単身世帯も増えて、コンパクトな住戸を求める声が高まる。人生で大きな買い物となる住宅をどう長く活用し、次世代に引き継ぐか、発想を転換する時期にきている。